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新幹線の担い手

PEOPLE VOL.2

新幹線に個室を。
「Supreme Class Cabin」、
前例のないプロジェクトに挑んだ車両部2人の想い

東海旅客鉄道株式会社
新幹線鉄道事業本部

車両部長
古屋 政嗣
車両部 車両課 担当課長
伊東 隼

「新幹線に個室を」──。こんな構想が東海旅客鉄道株式会社(以降・JR東海)の社内で語られ始めたのは、2021年のことだった。時はコロナ禍。「多様化するお客様のニーズに応えられるような、グリーン車を上回る座席を作ろう」。こんな想いを原点とし、様々な部署の精鋭たちが集められ、社内横断型のプロジェクトは発足した。プロジェクトの中心メンバーとしてコンセプト検討の段階から深く関わり、汗を流したのが新幹線鉄道事業本部・車両部長の古屋政嗣、車両課・担当課長の伊東隼だ。前例のないプロジェクトに挑んだ2人に、【GOOD DAY EXPRESS編集部】が、「Supreme Class Cabin」誕生に至るまでの開発秘話を聞いた。

社内横断型のプロジェクトが発足。ミッションは「新幹線に個室を」

「Supreme Class Cabin」はJR東海にとって、前例のない挑戦だったと聞いています。初めに「新幹線に個室を」という構想が生まれた背景をお聞かせください。

車両部長 古屋政嗣

古屋
背景にはいくつかの要因があります。1つは、東海道新幹線のグリーン車が他の交通機関の最上級座席と比べると、スペースやプライベート感の観点で足りない部分があったこと。それまでも、輸送・運用効率を最優先する中で可能な限り快適性の向上に努めてきましたが、お客様からもっと快適な座席を求める声が上がっていることを認識していました。
伊東
新しい座席のあり方を検討しようという話が出てきたのは、ちょうどコロナ禍でしたね。
古屋
検討を始めたのは2021年のこと。この頃、東海道新幹線の乗客数はコロナ前の半分にも満たない状況でした。そこからコロナが収まっていく中で、東海道新幹線のお客様はビジネスだけでなく、観光や趣味目的での利用も増え、それに伴い、女性や海外からのお客様も以前より多くなってきました。お客様の層もニーズも多様化している状況に対応して、どのようなサービスを展開していくべきか、という問題意識があったことが個室構想の背景の2つ目です。2022年には、経営企画を担当する部署が音頭を取る形で正式にプロジェクトが発足し、私たち車両開発のメンバーの他、車内サービス、乗務員、販売システム、マーケティングなど、関係する様々な部署がワンテーブルで集まり、活発な議論を続けました。
伊東
議論を続ける中で、新幹線利用時のプライベート感に対する要望の多さに特に注目しました。マーケティング部門がいろいろ調査をし、お客様のインサイトとして「周囲からの視線が気になる」という心理にフォーカスしました。私たちは、そのコンセプトにふさわしい車両設備やインテリアを提案していく立場です。
古屋
プロジェクトが前に進む原動力になったのは、車内販売サービスの見直しに伴う準備スペースの集約など、車内設備の見直しを並行して進めていたことでした。「7号車と10号車にスペースが生まれる。これを活用し、グリーン車を上回る個室の開発にチャレンジしよう」。これが、個室構想の背景の3つ目です。
伊東
実際の開発の段階に入ると、車両メーカーやシステム会社、デザイナーなど、社外の様々な会社や有識者の方々と協業する形で進んでいきました。最終的には100名を超える人数がこのプロジェクトに関わっていたと思います。
古屋
私は新幹線車両部門の責任者として、車両に関わる実務全般のマネジメントを担当してきましたが、ここまで社内横断型で、かつ、社外の様々なプロフェッショナルの方々と議論を重ねながら一つのゴールを目指したのは異例だったかもしれません。

車両部 車両課 担当課長 伊東隼

前例のない挑戦。グリーン車を超える最高の品質を目指して

プロジェクトを進めるにあたり、お二人はどんな課題や困難を感じていたのでしょうか。

古屋
これまで東海道新幹線は、新しい型式の車両を造っても、座席の配置は完全に同じとなるようにしてきました。車両の運用効率を極限まで高めて輸送力を最大化するためです。何十年にもわたってその考え方で車両を開発してきたので、そこをどう打破するかという課題がありました。今回、Cabin(個室タイプ)のある編成が登場し、2027年度にはSeat(半個室タイプ)のある編成が登場しますが、設置した編成と設置していない編成が混在することで運用効率はどうしても低下します。こうした課題に対し、様々な部署と議論をし、例えば、以前より車両の故障発生率を抑えられていること、検査の効率性も向上してきたこと、あるいは進化したEXサービスが新幹線の運行管理システムと連携して常に最新の編成情報を取得可能なことなどを踏まえれば、複数のタイプの編成があっても車両運用が可能であるとの結論に至りました。ひとつの大きな壁を突破した、と思っています。
伊東
東海道新幹線では「100系」以来の個室の開発ですが、当時とは生活様式は様変わりし、車両に求められる仕様や設備も変化し、前提となっている運行本数なども大きく異なっています。同じ個室といっても全くの別物であり、大きな挑戦になると感じていました。私たちには開業以来60年の間に積み上げてきた技術があります。そこに、時代の流れに合わせた新たな技術を融合させることで、これまでにない付加価値を創出し、グリーン車を超える最高の品質やサービスを提供したいと考えていました。
古屋
「Supreme Class Cabin」は、室内は広いですが座席の転換はできません。大型シートで座席転換しようとすると、もっと広いスペースが必要となります。東海道新幹線は進行方向に対して前向きに座るのが基本です。加減速が少ないので逆向きに座ったとしても乗り心地上の問題はないことは検証していたものの、最上級の個室座席で座席転換ができないのはどうかという課題意識がありました。これを乗り越えられたのは、「Supreme Class Seat」の構想を具現化できたからです。Seat(半個室タイプ) は座席転換可能で対面での利用もできます。完全な個室ではありませんが、通路部分を囲ったゲートと大型バックシェルで、周囲の目線はほぼ遮蔽することができている。他方、Cabin は座席転換はできませんが、個室なのでよりレベルの高いプライベート空間を実現できる。座席転換できる Seat とプライベート性の高い Cabin、両方があることでお客様にとって座席の選択肢が広がると考えました。

段ボールから始まった、「Supreme Class Cabin」への挑戦

7号車のCabin(個室タイプ)には、ソファとクッションがあるのがとても印象的です。

伊東
Cabin(個室タイプ)を作るにあたり、限られたスペースをいかに快適な空間を実現するかの検討には大変頭を悩ませました。10号車は1人利用向けなので電動リクライニングシート1台を入れても十分なスペースがありましたが、悩んだのは7号車でした。2人で使うニーズに対応したいものの、向かい合わせの電動リクライニングシートを2台設置するのはスペース上難しい。そこで着目したのがソファ席です。電動リクライニングシートは様々な姿勢で座れるため、睡眠や食事、仕事に適している。ソファは動かないが座面が広くて低いため、よりリラックスして車窓を眺めるなどしてくつろいでいただける。シートとソファがあることで様々な利用シーンに対応することができ、1人で利用される方にとっても選択肢が広がるのではないかと考えました。
古屋
極力深くリクライニングできるシートというのは検討初期からコンセプトとしてありましたが、2人で快適にご利用いただくためにはどうしたらよいかを追求した結果、生まれたのがソファです。実際作ってみるとなかなか快適なので、むしろリクライニングシートよりソファを好む方もいらっしゃるかもと考えていたら、体験乗車でそういったお声も頂戴しまして、ソファを導入したのは正解だったなと思っています。

限られたスペースの中で快適な空間を実現するためにとても苦労されたのですね。どのような検証や試行錯誤を重ねたのでしょうか。

古屋
電動リクライニングシートもソファも導入するのは初めてのことなので、私たち製作サイドの人間だけでなく、実際に利用される方の立場から多くのご意見を伺う必要があると考え、積極的に社外の方の意見を集めましたね。
伊東
そのために、検討の初期段階からCG動画を制作し、検証用のモックアップも何度も作りました。最初期には、社内の会議室に段ボールを持ち込み、7号車と10号車のそれぞれのスペースを実際に区切ってみて、2人で利用した際の距離感を検証する、というようなこともやりました。実物大のモックアップを作ってからは、本当に数多くの方々に実際に見ていただきました。最終段階では、社内だけでも120人くらいの規模になったと思います。試作を重ねるたびにより良いものができていくという手応えは確実にありました。
古屋
モックアップについては、社内だけでなく社外の有識者の方々にも視察いただき、多くのアドバイスをいただきました。モックアップを作って検討していくのは我々の基本的なやり方ではありますが、ここまで回数を重ねて仕上げていったのはおそらく初めてだと思います。

Supreme Class Cabinの完成までに多くの検討を重ねた

「Supreme Class Cabin」に詰まった、お客様視点に立ったこだわり

完成した「Supreme Class Cabin」 には、お客様の視点で細部にわたるこだわりが詰まっていると聞いています。

伊東
グリーン車を超えるサービスを目指すうえで、プライベート感と上質性を兼ね備えた座席とするため、これまでJR東海が培ってきた静粛性や制振性に関する技術を最大限活用し、新たな技術も積極的に導入しています。例えば、快適な車内通信環境を確保するため、Cabinの窓には鉄道車両への適用は世界初となる5G対応透明ガラスアンテナ※1を搭載し、専用のWi-Fi環境をご用意しています。また、周囲への音漏れを気にせずにオーディオ環境をお楽しみいただくため、オープンな環境でありながら特定の範囲に音を閉じ込めて周囲への音漏れを抑えるスピーカー※2をシート耳部に設置しています。これも、公共交通機関として国内初です。
古屋
地上の予約システムと連携した鍵・セキュリティシステムを採用したのも大きなチャレンジでした。鍵(電子錠)付き扉を設けた個室とすることでプライベート感とセキュリティを確保する方針としましたが、利用するお客様の立場に立って考えると、改札を通過するために使った交通系ICカードやQRコードでそのまま個室を開錠する方式が最適だろうと考えました。これなら乗車する本人だけが個室を利用できることが明確であり、鍵を忘れるリスクも減らせます。
伊東
振動や騒音の観点では、7号車に新たにフルアクティブ制振制御装置※3を搭載しましたし、床やパネルも振動を抑える構造に変えるといった工夫を加えました。これらは長年、研究開発を続けてきた知見を活かしています。例えば、誰かがデッキや通路を歩く際の足音は気になるものですが、このコツコツ音が個室内に伝播しないように通路と個室の床板を分離する構造としています。また、パネルなどに少しでも隙間があるとそこから音は入ってきてしまうので、ドア周りを含めて隙間のない構造にしたり、個室内で音が反響しないように、デザイン性を確保しつつ吸音も可能な素材(ソフトマテリアル)を使用したりと、快適性を極限まで高めるために見えない部分に様々な細かい工夫をこらしています。
古屋
これまで長い時間をかけて個室の設備や空間を作り上げてきて、いよいよデビューしますが、これはあくまでスタートラインであり、歩みを止めることなくサービスをブラッシュアップしていくことが私たちの務めです。車両や製造における品質向上においては日々のメンテナンスが非常に重要です。お客様に完璧な状態の空間を提供するため、万全のメンテナンス体制を構築する必要があり、車両所の関係者はやりがいを感じて準備してきました。また、既存の一部N700S編成に対しても当社の浜松工場の社員が改造工事を行いCabinを作りますが、過去にこれほど大規模な内装の改造工事の経験はなく、緊張感をもって準備を進めています。これからお客様のニーズはさらに多様化し、一方で新たなサービスを実現する様々な技術も生まれてくると思いますので、Supreme Classが将来にわたって最高のサービスを提供できるよう、改良を続けることが大事だと考えています。車両の進化にゴールはありません。
※1
AGC㈱の開発技術
※2
スピーカーにはNTTグループの特許技術であるPSZ(パーソナライズドサウンドゾーン)を使用。
※3
N700Sより車体床下に採用されており、車体の揺れを大幅に抑え、特にトンネル区間での揺れを低減させる。

Supreme Class体験イベントに展示されたモックアップを確認する様子

プライベートな空間で自分らしく。車窓からの景色をのんびり楽しみたい

東京・新大阪の約2時間半、「Supreme Class Cabin」を利用するとしたら、お二人はそれぞれ、何をして過ごしたいですか?

古屋
やはり今回のプロジェクトは2人で使える空間を作ったというのが大きいと思っているので、7号車のCabinで妻と2人でのんびりと過ごしたいです。移動時間中はリラックスして上質なひとときを過ごしたいですね。
伊東
私は家族が多く、旅行を2人だけでというわけにはいかなさそうなので……。1人で使うような場合を想定すると、やはりシートはこだわって作っていますので、リクライニングシートでゆったり過ごしたいですね。照明も空調も音響もすべて自分好みにセッティングし、変わりゆく風景を楽しみつつ、「Netflix」などを楽しんだりしたいですね。

〈初めての新幹線体験〉〈忘れられない新幹線からの景色〉〈新幹線が導いてくれた出会い〉など、それぞれの「新幹線」にまつわる思い出の話を聞かせてください。

伊東
新幹線の設計に興味を持ったのは、学生時代に就職先を考えている頃、帰省中の車内でふと「誰が新幹線を作っているのだろう」と、疑問に思ったことがきっかけです。あの日の想い、初心を忘れることなく、これからも自らの手で新しい新幹線の姿を形づくる仕事をしていきたいと思います。
古屋
入社するまでは北海道に住んでいたので、実のところ、東海道新幹線は馴染みが薄かったです。縁あってJR東海に入社して、かなりの頻度で利用するようになって、東海道新幹線は歴史的に重要な地域を数多く通ることを改めて感じました。30年以上前になりますが、車窓や風景も含めた沿線のコンテンツの多彩さに、とても感動した記憶があります。今回、Supreme Class という新しいサービスを始めるにあたり、ぜひ多くのお客様にそういったコンテンツをお楽しみいただきたいという気持ちが改めて出てきているところです。

古屋 政嗣

東海旅客鉄道株式会社 執行役員/新幹線鉄道事業本部 副本部長/車両部長。
1969年、北海道生まれ。1993年、JR東海に入社。2022年7月から新幹線車両部門の責任者として、経営企画部門やマーケティング部門との連携・調整を行うとともに、本プロジェクトの車両に関わる実務全般のマネジメントを担当。

伊東 隼

東海旅客鉄道株式会社 車両部車両課/担当課長。
1987年、大阪府生まれ。2011年、JR東海に入社。入社以来、新幹線の車体設計を担当し、車体の強度設計に加えてインテリアやシート関係の設計を行ってきた。本プロジェクトでは車内設備設計のとりまとめを担い、コンセプト検討の段階から営業部門によるニーズ調査結果に合わせた車内設備を提案してきた。

photo / Go Itami
interview & text / Hiroyuki Konya
produced by Magazine House Creative Studio