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新幹線の担い手

PEOPLE VOL.1

「移動時間」を100%楽しんでいただく。
「GOOD DAY EXPRESS」に込めた東海道新幹線の新たなDNA。

東海旅客鉄道株式会社
代表取締役社長

丹羽 俊介

コロナ禍を経て、人々の移動や旅行に対する価値観は大きく変化した。
新幹線の移動時間を、単なる「目的地へ向かうための手段」から「充実した価値ある時間」へ昇華させるべく、東海旅客鉄道株式会社(以下・JR東海)は新たに「GOOD DAY EXPRESS」の展開を始めた。
日本の大動脈を支えるトップとして、変わりゆく乗客のニーズにどう応え、どのような未来を描いているのか。
ダイヤ改正やEXサービスに隠された緻密な戦略から、「推し旅」などの施策、そして「GOOD DAY EXPRESS」へと続く東海道新幹線利用者とのコミュニケーションまで。【GOOD DAY EXPRESS編集部】が、丹羽俊介社長にその真意を深く聞いた。

どん底のコロナ禍から見えた光。「会いにいこう」が教えてくれた移動の真の価値

宇多田ヒカルさんを起用した「GOOD DAY EXPRESS」では、「今日をいい時間にしよう。」というテーマを掲げていますね。「GOOD DAY EXPRESS」を立ち上げるに至った経緯や想いを聞かせてください。

ここ数年の私たちの取り組みや施策は、すべてコロナ禍に原点があると思っています。2020年の春、緊急事態宣言や移動制限により、東海道新幹線のお客様は前年比で9割も減少してしまいました(※1)。2020年度も3分の1、2021年度もコロナ禍前の半分にも満たない状況が続きました。当社の収益の柱であり、利便性を高めることで手応えを感じていた新幹線の利用者がここまで減ってしまったことは、非常にショッキングな異常事態でした。

どうしたらいいかと考え続ける中、社会経済が少し落ち着きを取り戻してきた2023年の春、私たちは「会いにいこう」というキャンペーンを始めました。コロナ禍で会いたくても会えなかった帰省先のご家族や友人、取引先の方々に、今こそ直接顔を合わせるために、会いにいこうというメッセージです。オンライン会議ももちろん普及して便利ですが、やはりフェイス・トゥ・フェイスできちんと顔を合わせることはかけがえのないものだと伝えたかったのです。
このキャンペーンをやってみて、新幹線の利用者数が回復する中でお客様が新幹線に乗る「目的」が非常に多様化していることに改めて気づかされました。かつてのようなビジネス中心のイメージだけでなく、「推し活」で聖地巡礼やコンサートに向かう方など、皆さま様々な想いを抱いてご乗車されています。そして、東京から名古屋まで約1時間半、大阪まで約2時間半という新幹線の車内で過ごすまとまった時間も、旅の大切な一部なのだと。そこをもっと充実させることが新たな付加価値になるのではないか。そんな想いから、「GOOD DAY EXPRESS」という企画が形になりました。2026年10月にサービスを開始する〈Supreme Class Cabin(個室タイプ)〉や2027年度中にサービスを開始する〈Supreme Class Seat(半個室タイプ)〉、グリーン車のサービス向上等、お客様の「より良い時間」を実現するサービスを紹介していきます。

旅行される方にとって移動時間というのは、とても貴重なもの。移動手段である新幹線で過ごす時間にも、素晴らしい一日の一部分として高い価値を持たせたいのです。

2020年度4月および5月の実績

「GOOD DAY EXPRESS」に込めた想い。肩の力が抜けるようなリラックス感を

「GOOD DAY」という言葉からは、非常に肩の力が抜けた、ポジティブな雰囲気を感じます。

「Have a good day」の「Good Day」ですね。肩の力が抜けたと言っていただけるのは大変ありがたいです。お仕事で利用される方はもちろんのこと、お客様は忙しい日々の中で、時間を作って、お金もかけて、旅をされます。私たちができることは、その旅をより充実したものにすること。

出張で緊張しながらプレゼンの準備を一生懸命される方もいらっしゃいますが、ずっと緊張し続けるのではなく、時々コーヒーを飲みながら車窓を眺め、これから来る時間に向けて少し体をほぐすことも大切です。観光や帰省の際には、新幹線に乗った瞬間に「いよいよ日常から離れたな」というリラックス感を感じていただける。乗務員の接客や車内設備も含め、そんな明るくワクワクするような空気感をご提供できればと考えています。

EXサービスの進化が、多様化するニーズに応える前提となった

東海道新幹線といえば、日本人が誇る「時間に正確で均質・高頻度な運行」というイメージがあります。そこから、多様なサービスへと踏み出した背景には何があったのでしょうか。経営戦略の哲学を聞きたいです。

かつての東海道新幹線は、私のようにスーツを着たビジネスパーソンがお客様の大半を占めていました。私たちがまず目指したのは、列車のダイヤを格段に増やし、徹底的に便利に使っていただくこと。2003年の「のぞみ」中心のダイヤへの刷新や、何度でも列車を変更できるEXサービスの導入がその代表です。

実は、旅行時間を短縮するには「車両を速くする」以外の方法もあります。それは「待ち時間をなくす」ことです。いくら車両が速くても1時間に1本しかなければ、乗り遅れを恐れて20分くらい前に駅に着く必要がありますよね。しかし、新幹線が数分刻みで発車していて、発車4分前までEXサービスのアプリで予約変更できるとなれば、5分くらい前に行けば充分。これだけで15分も旅行時間を短縮できるのです。高頻度なダイヤとネット予約の組み合わせは、お客様の「早く着きたい」という最大のニーズに応えるためのアプローチでした。もちろん、大前提である「安全」とダイヤの「正確性」があってこその仕組みです。

また、EXサービスは、新幹線の運行管理システムと接続しています。台風・大雨などで列車が遅れている時にも、駅係員などの人の手を介さずにお客様ご自身でスムーズに予約や変更ができるようにするためには、もともと設定されていた発車時刻を過ぎた列車を予約できる仕組みが必要です。そのために、EXサービスと運行管理システムをつなぐことで、EXサービスの予約画面にリアルタイムの運行状況を反映した最新の予測発着時刻を表示できるようにしました。今回の〈Supreme Class Cabin〉は、設置された列車と設置されていない列車が混在するため、その最新情報を反映させて座席を販売する必要があるのですが、EXサービスが運行管理システムと接続していることが、そのような販売を可能にしています。

一方で、現在、ビジネス利用の割合は半数程度となり、プライベートで自分の時間を楽しむためにご利用になる方が増えています。インバウンド収入(推計値)が運輸収入に占める割合も、コロナ禍前の約3%から現在は約10%まで増加しました。お客様の層が多様化すれば、我々が提供するサービスもそれに合わせて変化しなければなりません。「安全・正確・高頻度」というベースは揺るぎませんが、ビジネスパーソン向けに、モバイル端末等を気兼ねなく使用して仕事を進めることができる「S Work車両」をご用意して最低限の作業音は“お互い様”として許容していただくことを呼びかけたり、お子さま連れでも気兼ねなく乗れる「お子さま連れ車両」を設定したりと、様々な形でサービスを多様化させています。

「推し旅」から見えた新幹線時間の新しい可能性

年間150企画にも及ぶ「推し旅」など、これまでの「堅いJR東海」のイメージを覆す取り組みも増えましたね。

本当におっしゃる通りで、昔は「ビジネス中心で堅い会社だ」というイメージが強かったと思います(笑)。しかし、徐々にエンターテインメント業界の方々にもご理解いただき、アニメやゲーム、アーティストの方々との連携が実現しています。

私自身も、新日本プロレスさんとコラボレーションをした際、東海道新幹線のお客様に楽しんでいただくために特別に作られた、プロレスラーの対談コンテンツを聴いてプロレスに興味を持ちました。それまでは、プロレスとは縁がなかった私ですが、新幹線のコンテンツを通して興味の幅が広がる、という体験は、想像以上に楽しい瞬間でした。東京駅で棚橋弘至さんと握手させていただく贅沢な機会もあり、素晴らしい思い出になっています。このように、「推し旅」はお客様にとってだけでなく、我々にとっても新しい出会いの場になっています。

「推し旅」では音楽系のコンテンツも人気です。実は、私自身は中学時代からトランペットを吹いておりまして、2008年から、当社の社員で構成されるアマチュア吹奏楽団の団員として活動しています。東海道新幹線60周年のCMを制作した際にYouTubeで公開された当社の吹奏楽団のメイキング動画(JR東海「会いにいこう」~60周年ver.~ 2024.9.21 リニア・鉄道館)は335万回を超えて再生され、大きな反響を呼びました。音楽は人の心を動かし、旅に駆り立てる力を持っています。今後も、「推し旅」のコンテンツとして、熱量のある音楽やエンタメに注目していきたいと思っています。

豊かな時間を演出する個室〈Supreme Class〉の誕生秘話

多様なニーズに応える一環として、半個室タイプの〈Supreme Class Seat〉も発表されました。座席数を減らすことへの葛藤などはなかったのでしょうか。

多様なニーズにお応えするといっても、経営的に収支がプラスになることが大前提です。安全な新幹線を維持・向上していくためには、設備投資が常に欠かせませんので、より良いサービスと経営効率のバランスを考える必要があります。

個室タイプの〈Supreme Class Cabin〉は、1編成中、7号車と10号車に1室ずつ設置。7号車は2人利用も可能で、10号車は1人用となっています。〈Supreme Class Cabin〉はデッキ部のスペースを有効活用しています。

一方の〈Supreme Class Seat〉に関しては、グリーン車に注目しました。常に満席というわけではないため、限られた車内空間を効率的に使い、かつお客様に喜んでいただける形を考えました。従来の20席をゆったりとした6席の〈Supreme Class Seat〉に変えることで、経営効率や採算性を犠牲にすることなく、多様な選択肢をご用意できると判断しています。

コロナ禍で空席が目立つ車内を見て、「これまで築いてきた利便性や安全性は間違っていないが、これだけでいいのだろうか」という問題意識が生まれました。当時の私は経営企画の担当役員でしたが、「頭を柔らかくして、何でもやってみよう」という、ある種ゼロから出発しようという気持ちがありました。

「頭を柔らかくして、何でもやってみる」が東海道新幹線の新しいDNAなのですね。

そうですね。
社内には「自由に考え、大いに議論し、粘り強くやり抜こう」と繰り返し呼びかけています。もちろん、鉄道の安全な運行を確保した上で、という前提の下ですが。

日本の大動脈輸送をさらに充実させるために

将来的にはリニア中央新幹線も開業します。これからの東海道新幹線はどのような存在になっていくとお考えですか。

リニア中央新幹線開業後は、東海道新幹線と中央新幹線を一体経営して、三大都市圏を結ぶ大動脈輸送をさらに充実させ、災害にも強い路線にしていきます。いずれにしてもリニア開業後も東海道新幹線が大動脈輸送の大きな柱であることは変わりないわけですね。

一番大事なのは安全で、それをベースにさらに利便性を高めていく。それと同時に、多様なニーズに応じたサービスをどれだけご提供できるかというのは大きなテーマであり、まだまだできることはたくさんあると思っています。

時代に合わせて常に少し先を行く新しい挑戦をしながらも、お客様の人生に『静かに寄り添う存在』であり続けたい。

東京・新大阪間の約2時間半、〈Supreme Class Cabin〉を利用するとしたら、丹羽社長ご自身は何をして過ごしますか?

私は音楽が趣味なので、やはりシートスピーカーを楽しみたいですね。NTTグループの特許技術である音響技術(PSZ)を活用した高音質なBluetooth対応スピーカーが搭載されているので、自分だけの空間で音楽に没入したいです。最初に聴くなら、やはり宇多田ヒカルさんの楽曲がいいですね。「GOOD DAY EXPRESS」のテーマソングである「Intentions」もいいですし、「First Love」のようなバラードもいいですね。新幹線の車窓から景色を眺めながら、じっくり楽しみたいです。

あくまで私個人の印象ですが、宇多田ヒカルさんの楽曲は、どれも、自分の体にシンクロしつつも「常にちょっと前にある」感覚があります。完全には追いつけないけれど、もう少し自分が成長したらさらに共鳴するんだろうなという不思議な魅力です。実はこれ、これからの新幹線もそうあり続けたい、と思う理想の姿です。「いつもそこにいてくれる存在でありつつ、常にちょっと新しいこと、一歩進んだことをやっている」。そんな風にお客様に感じていただける存在であり続けたいですね。

〈初めての新幹線体験〉〈忘れられない新幹線からの景色〉〈新幹線が導いてくれた出会い〉など、丹羽社長の「新幹線」にまつわる思い出の話を聞かせてください。

私自身の新幹線にまつわる最も深い思い出は、学生時代です。名古屋から東京に進学し、初めての一人暮らしで緊張した日々を過ごした後、初めて帰省した時のことです。東京駅から自由席に並んで乗り込み、車窓から富士山が見え、浜名湖が見え、名古屋に近づくにつれてだんだんと体がリラックスしていく。そして名古屋駅に到着して初代の「大名古屋ビルヂング」が見えた時、「ああ、帰ってきたな」と完全に心が解き放たれました。あの丸い鼻の0系新幹線から降りた瞬間のことは、私の人生のターニングポイントとして深く心に刻まれています。

新幹線の旅が、その方の人生のターニングポイントや、家族との旅行の思い出の一ページになっていく。東海道新幹線60周年の企画でポスターやテレビCMを作った時も、一般の方から寄せられた思い出の写真や動画を集めたのですが、「こんなにもたくさんの方々が、新幹線にまつわる思い出をお持ちになっているんだ」と感動しました。日常からちょっと離れた世界のものであり、それでいて仕事もできる日常感もある。生活や人生に深く関わりを持てる乗り物ですので、お客様の人生に『静かに寄り添う存在』であり続けたいと考えています。

丹羽 俊介

東海旅客鉄道株式会社 代表取締役社長。
1965年愛知県生まれ。
東京大学法学部を卒業し、国鉄の分割民営化後の89年にJR東海に入社。
人事部長、広報部長、総合企画本部長を歴任。
2022年6月に副社長、23年4月から社長。
趣味は音楽鑑賞とトランペット演奏。

photo / Go Itami
interview & text / Nobuhiro Sugie
produced by Magazine House Creative Studio